「こんなことして意味なんてあるのかな」って話
がんばったことが報われない世界線
何かを続けていると、ふとした瞬間に思うことがあります。
「これ、やってて意味あるのかな」
毎日投稿する。
動画を作る。
メルマガを書く。
勉強する。
体を整える。
誰にも見られていないような作業を、淡々と積み重ねる。
でも、すぐに結果が出るわけじゃない。
数字が伸びるわけでもない。
誰かに褒められるわけでもない。
昨日の自分と今日の自分の違いも、ほとんどわからない。
そうなると、人はどうしても立ち止まってしまうんですよね。
「本当にこれで合ってるのかな」
「もっと効率のいい方法があるんじゃないかな」
「こんな地味なことを続けていて、意味があるのかな」
でも、最近つくづく思うんです。
大きな結果って、たぶん最初から「意味がある」とわかっていることから生まれるんじゃなくて、
意味があるかどうかわからないことを、やめずに続けた先に生まれるんじゃないかなと。
今は、すぐに結果が見えるものが求められやすい時代です。
コスパ。
タイパ。
最短ルート。
効率化。
結論から言ってください。
映画は倍速で見る。
本は要約で済ませる。
ショート動画を見れば、数十秒で「答え」が手に入る。
そういうものに慣れてしまうと、3ヶ月やっても結果が出ないことが、ものすごく遅く感じられてしまう。
でも、本当に人生を変えるようなものって、だいたいそんなに早く結果が出ません。
筋トレもそう。
勉強もそう。
仕事もそう。
ビジネスもそう。
情報発信もそう。
最初のうちは、やってもやらなくても、ほとんど差が見えないんです。
1ヶ月ブログを書いても、アクセスはほぼゼロ。
1ヶ月筋トレをしても、鏡の中の自分はあまり変わらない。
1ヶ月YouTubeを頑張っても、登録者が一気に増えるわけではない。
この「差が見えない期間」に、ほとんどの人がやめてしまうんですよね。
「やっぱり意味なかったんだ」
「自分には向いてなかったんだ」
「もっと別のことをやった方がいいかもしれない」
そう思って、次のわかりやすいものに移ってしまう。
でも、実はこの期間こそが、いちばん大事だったりする。
よく、竹の話があります。
竹は、最初の数年、地上にはほとんど変化が見えないそうです。
水をやっても、肥料をあげても、目に見える成長はほとんどない。
でも、その間に竹は地下で根を張っています。
外からは何も起きていないように見えて、見えない場所では着々と準備が進んでいる。
そして、ある時期を過ぎると、一気に伸びる。
これって、情報発信やビジネスにもすごく似ていると思うんです。
最初は、誰も見ていない。
反応もない。
売上にもならない。
やっている意味があるのか、自分でもわからない。
でも、その間に、言語化の力がついている。
発信の型が身についている。
視聴者との信頼が少しずつ積み上がっている。
自分の中に、コンテンツの土台ができている。
ただ、それが数字として見えないだけなんですよね。
特に、マーケティングや情報発信は、何が効いたのかが本当に見えにくい世界です。
毎日投稿している。
YouTubeを出している。
メルマガを書いている。
インスタも更新している。
でも、ある人が商品を買ってくれたとして、その人が何に一番影響を受けたのかは、正確にはわかりません。
最初にYouTubeで知ってくれたのかもしれない。
その後メルマガを読んで、少しずつ信頼してくれたのかもしれない。
インスタの投稿を見て、ふと気持ちが動いたのかもしれない。
最後の一押しは、たまたま見たストーリーだったのかもしれない。
じゃあ、どれが売上につながったのか。
たぶん、全部なんです。
でも、全部がどれくらい効いたのかは、正確には測れない。
だから、発信をしていると、どうしても不安になります。
「この投稿、意味あるのかな」
「この動画、出す意味あるのかな」
「このメルマガ、誰か読んでくれているのかな」
でも、見えないから意味がないわけではありません。
むしろ、見えないところで効いていることの方が多いんじゃないかと思います。
有名な言葉で、こんなものがあります。
「広告費の半分は無駄だとわかっている。問題は、どちらの半分が無駄なのかわからない」
これは、百貨店王と呼ばれたジョン・ワナメーカーの言葉です。
100年以上前の言葉ですが、今の時代にもそのまま当てはまると思います。
むしろ、SNSもYouTubeもメルマガもLINEも広告もあって、チャネルが増えた今の方が、何が効いているのかは複雑になっているかもしれません。
だからこそ、情報発信では「意味が見えないこと」に耐える力が必要になります。
すぐに結果が出ない。
何が効いているかわからない。
自分が成長しているのかもわからない。
それでも、淡々と続ける。
ここを抜けられる人が、最後に強いんだと思います。
私は、「意味のあること」と「すぐに結果が出ること」は、まったく別物だと思っています。
すぐに結果が出るものは、わかりやすいです。
バズる投稿。
強い言葉。
流行りのノウハウ。
今だけ伸びるテクニック。
もちろん、それが悪いわけではありません。
でも、それだけを追いかけていると、どんどん短期的なものに振り回されてしまう。
インスタが伸びると聞けばインスタへ。
TikTokが伸びると聞けばTikTokへ。
AIが流行ればAIへ。
次のブームが来たら、またそちらへ。
そうやって移動し続けると、一瞬の数字は取れるかもしれないけれど、自分の中に何も積み上がらないことがあります。
逆に、すぐに結果は出なくても、長く残るものがあります。
信頼。
スキル。
経験。
言葉の力。
人との関係性。
自分の思想や軸。
こういうものは、短期間では作れません。
でも、一度積み上がると、簡単には消えない。
だから、今すぐ結果が出ていないからといって、意味がないとは限らないんですよね。
では、どうすれば「意味がないように見えること」を続けられるのか。
まず大事なのは、ハードルを下げることだと思います。
最初から完璧にやろうとしない。
毎日1本動画を作るのがきついなら、毎日ネタを1つだけメモする。
毎日長文を書くのがきついなら、1行だけ書く。
毎日1時間勉強するのが無理なら、5分だけやる。
「それで意味あるの?」と思うくらいでいいんです。
なぜなら、最初に必要なのは成果ではなく、続けるリズムだから。
そしてもうひとつは、結果ではなくプロセスを記録すること。
「再生数が伸びたか」
「登録者が増えたか」
「売上が上がったか」
もちろん、これらも大事です。
でも、そこだけを見ていると、結果が出ない期間に心が折れてしまいます。
だから、
今日も書いた。
今日も撮った。
今日も考えた。
今日も少し前に進んだ。
そういう行動そのものを、自分で認めてあげることが大事なんじゃないかなと思います。
結果はコントロールできません。
でも、今日やるかどうかはコントロールできます。
だったら、まずはコントロールできるものに集中する。
それだけで、かなり続けやすくなります。
そして最後に。
今やっていることの意味は、今の自分にはわからないことが多いです。
でも、数年後に振り返ったとき、
「あの時、やめなくてよかった」
「あの時の発信が、今につながっていたんだ」
「あの地味な積み重ねが、ちゃんと根になっていたんだ」
そう思える瞬間が来ることがあります。
意味は、最初からあるものではなくて、
続けたあとに、未来の自分が見つけてくれるものなのかもしれません。
だから、今やっていることに意味があるかどうか、わからなくてもいい。
わからないまま続けていい。
見えない期間は、何も起きていない期間ではなくて、
根を張っている期間かもしれないから。
数年後の自分が、きっとその意味を教えてくれると思います。











本当にそうですよね。
結果を出してる人はすべからく続けている。
分かっちゃいるけど、心が折れそうになる。
自分の弱さを克服したい😭
もう年齢も還暦をとっくに過ぎて、「これからやったって無理、成果が出る頃には棺桶」って、よく思います。
でも、考えたら、今日やらないなら、そして明日もやらないなら、棺桶に入る前には成果は絶対に見られないんですよね。
私にとって今日が一番若い日。
自分に言い聞かせます。「始めなさい。そして続けなさい。死ぬまで成果が出ないかもしれないけれど、始めなければ絶対に先はないのだから」って。
いつもありがとうございます。